
国債相場操縦の背景にあるもの
先月29日、証券取引等監視委員会は大手証券会社の三菱UFJモルガン・スタンレー証券に対し、金融商品取引法違反(相場操縦)の疑いで同社に課徴金約2億1800万円の納付を命じるよう金融庁に勧告したと発表しました。
昨年8月、同社の社員が日本の長期国債の先物取引で不正に価格を操作したとみられていますが、監視委が国債先物取引の相場操縦で証券会社を対象に勧告を出すのは初めてです。
発表によると、対象となった同社の社員は長期国債などの金融商品の取引を担当しており、昨年8月25日午後6時半ごろから約30分間にわたり、大阪取引所での長期国債の先物取引で、売買を成立させる意思がないのに、見せかけで約6千億円の買いや約2千億円の売りの注文を出し、他の投資家の売買を促して不正に相場を操縦したとのことです。
監視委によると、社員はこの30分の間に、架空の買い注文で相場が上がった際に177億円分を売り、また架空の売り注文で相場が下がった際に158億円分を買って、少なくとも158万円の利益を得て、出した架空の注文は数秒後に取り消していたといいます。
債券市場関係者に2つの驚き
国債先物市場で見せ玉による相場操縦が認定されたことについて、債券市場関係者の間で動揺が広がりました。
今回のように、約定させる意思のない注文・取り消しを出す行為は「見せ玉」と呼ばれ、株式市場では「見せ玉」によって逮捕されたケースもあります。
しかし、国債先物市場は株式市場と違い、機関投資家による億単位の取引が中心で参加者がプロしかいないため、今回処罰の対象となった「見せ玉」と呼ばれる注文は当たり前のように行われ、黙認されていたからです。
また、対象となったのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券だったことにも驚きの声が上がっています。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券といえば、ゴールドマン・サックスなどと並ぶ債券市場のビッグプレイヤーです。
他の参加者とはケタ違いのポジションを持ち、相場に大きな影響力を持っている同社が、たった158万円の利益を上げるために見せ玉を行ったという事実に、債券市場関係者の誰もが驚きました。
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背景に国債市場を取り巻く環境の変化
同社のディーラーが見せ玉を行った背景には、国債市場を取り巻く環境の変化が大きく影響していると推測されます。
日銀が量的・質的金融緩和を導入した2013年4月以降、日銀が保有する国債残高は急激に増加する一方で、債券市場の流動性は低下し続け、特にマイナス金利政策が導入された 2016年1月以降、売買高の減少が一段と進んでいます。
その要因には、利回りがマイナスになるなどリターンが期待できないことから投資が手控えられていることや、日銀が大量に国債を買い入れることで市場に流通する国債自体が減少していることなどが挙げられます。
今回の相場操縦は、日中の取引より売買高が少ないナイトセッションで行われました。
見せ玉が行われた8月25日のデータを見てみると、日中の商いが2兆4731億円あったのに対し、ナイトセッションの債券先物の売買高は5426億円となっており、いかにナイトセッションの売買高が少ないかがわかります。
また値動きも、日中は150円95銭から151円10銭と15銭動いていたのに対し、ナイトセッションは151円07銭から151円17銭と、わずか10銭の値動きしかありませんでした。
記事によると、このディーラーは損失を抱えていたようですが、ディーラーにとって値動きこそが利益の源泉であり、値動きがなければ利益を上げることができません。
おそらくこのディーラーは、わずかな値動きしかない中で損失を挽回するため、見せ玉を使って強引に相場を動かしたのではないでしょうか。
相場が全く動かない中で利益を上げなければならないというプレッシャーは、心情的には理解できますが、結果として一人のディーラーがわずか158万円の利益のために行った見せ玉により、同社は2億1800万円の課徴金という痛い代償を払うことになってしまいました。
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