
ムニューシン米財務長官は今月13日、インドネシアで開催されたG20(20カ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議の終了後、日米物品貿易協定(TAG)において、日本に通貨安誘導を制限する「為替条項」の導入を求める考えを示しました。

茂木敏充経済財政・経済再生担当相は14日、「日米間で為替の話が問題になっているとは思わないが、必要な議論は財務相同士で緊密に行う」と語り、また麻生太郎財務相も、16日の閣議後会見で「基本的に為替の話を通商にいれることはない」とクギを刺しました。


今のところ、日米間で為替が問題になっているわけではありませんが、ムニューシン長官による「為替条項」への突然の言及に、日本の当局も戸惑いを隠せません。
為替条項とは
為替条項とは、各国が輸出競争力を高めるために、為替介入などで通貨安誘導を図るのを防ぐ取り決めのことです。
トランプ米大統領は、就任直後の2017年1月に「中国や日本は何年も通貨安誘導を繰り広げている」と批判するなど、たびたび他国が通貨安誘導をしていると不満を示してきました。
米議会では、トランプ政権以前から日本に対する為替条項を求める声があり、足元ではドルが歴史的な高値圏にあることから、より一層米国の関心が強まっています。
日本はこれまで7年近く為替介入を実施していませんが、トランプ大統領が通貨安誘導と並んで「資金供給」に言及した背景には、日銀の量的金融緩和を念頭に置いていることは間違いありません。
北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉で9月末に妥結した米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)では為替条項が導入され、「為替介入を含む競争的な通貨切り下げを自制する」との一文が明記されました。
米国・メキシコ・カナダ協定(旧北米自由貿易協定)における知的財産章
2018 年 10 月 5 日
JETRO NY 知的財産部
柳澤、笠原
北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉が 9 月 30 日に妥結し、米国・メキシ
コ・カナダ協定(U.S.-Mexico-Canada Agreement:USMCA)1に改定された。
知的財産に関して米国は、特許、著作権および商標が米国内で受けられる保護
の達成を目指したところ、改定された知的財産章2(第 20 章)は以下のような内
容を含むものとなっている。
農業用化学品、及び新規生物製剤の試験データ等の保護期間を 10 年間、新
規医薬品の試験データ等の保護期間を 5 年間とする旨を規定(Article
20.F.10, 13, 14)
当局の特許付与までの不合理な遅延に対する特許期間の調整手段を設けな
ければならない旨を規定(特許出願から 5 年、又は審査請求から 3 年のう
ちいずれか遅い方の時を経過した特許出願が対象に含まれるよう規定しな
ければならない)(Article 20.F.9)
著名商標と同一又は類似の商標の出願を拒絶し、又は登録を取り消し、及
び使用を禁止するための適切な措置を定める旨を規定(Article 20.C.5)
著作権侵害・商標の不正使用に関して、法定損害賠償制度、追加的損害賠
償制度のいずれか又は双方を採用しなければならない旨を規定(Article
20.J.4)
地理的表示(GI)に関する異議申し立て等の手続を規定(Article 20.E.2)
著作物等の保護期間を著作者の死後少なくとも 70 年とする旨を規定
(Article 20.H.7) 等
(以上)
また、米国と韓国の間でも為替条項が火種になっています。
今年9月に、両国が改定自由貿易協定(FTA)に署名したのにあわせ、米国は競争的な通貨切り下げの回避で合意したと発表しましたが、韓国側はこれを認めていません。
為替条項は、他国の通貨政策や金融政策に干渉する材料となり、金融市場の混乱要因につながる恐れがあります。
次の標的は日本?
ムニューシン財務長官は「これからの貿易交渉では、どの国とも為替問題を協議していく。」と述べ、日本を例外にすることはないと強調しています。
為替条項が掲げる「為替介入を含む競争的な通貨切り下げの防止」という命題には一点の誤りもなく、「日本だけに言っているわけではない」というスタンスを取ってはいるものの、問題は相手がトランプ大統領だということです。
これまでのトランプ米大統領の発言を踏まえると、「不正に為替操作している」という主張が無根拠に乱用され、制裁関税の決断に至るもしくは納得のいく水準まで相手国通貨を上昇に至らしめるという展開が懸念されます。
そもそも、トランプ大統領就任前から米財務省の円相場に対する目線は厳しいものがあり、昨年10月に米財務省は対米貿易黒字が大きい日本や中国などを通貨政策における監視対象としましたが、その際に実質実効為替レートで日本円は割安と指摘していました。
状況は1年経った現在でもほとんど変わっていないことから、年明けにも始まる対米物品貿易協定(TAG)交渉で円相場に不満を漏らすのは自然な流れで、為替条項が導入されれば、大規模な金融緩和を続ける日銀のかじ取りにも悪影響を及ぼすでしょう。
為替条項により円高になるのか?
為替条項導入の可能性が高まれば、マーケットでは「これ以上の円安は、米国政府が容認しない」と警戒するため、円売りに一定の歯止めがかかることが予想されます。
しかし、為替条項が導入されたからといって、必ずしも即座に円高誘導が始まるとは限りません。
例えば米韓FTAの場合、今年の3月に為替条項が議論されると、韓国ウォンは一時的に2.5%程度対ドルで上昇しましたが、6月以降はむしろ5%程度ウォン安が進みました。
この背景には、米国の利上げによってドル高・新興国通貨安が進んだことに加え、6月12日に行われた米朝首脳会談後に、トランプ大統領が米韓合同軍事演習の中断と在韓米軍の撤収に言及したことで、米韓同盟の弱体化懸念が広がったことがあります。
韓国ウォンの値動きを踏まえると、仮に今後ドル円が円高に振れたたとしても、一時的なものにとどまる可能性が高く、現在の水準から2.5%もしくは3%程度の円高となる109.40円から108.80円付近がメドとなるでしょう。
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